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■ 天王星
2013年 02月 20日 |
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Nikon D3 / AF-S Micro NIKKOR 60mm F2.8G ED / Capture NX2 2.3.5
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 天王星が惑星として確認されたのは比較的近代になってからである。実際には何度も観測されてはいたが惑星とは認識されていなかった。知られている観測例は、1690年にジョン・フラムスティードがおうし座34番星として記録したものが最古である。

 1781年3月13日、ウィリアム・ハーシェルが天王星を観測した。彼はそれが新天体であることには気づいたが、彗星だと考え、同年3月22日に彗星を発見したと発表した。

 しかしその後、観測が進むと、彗星だと仮定して求めた軌道は観測に合わなかった。そこで、アンデル・レクセルは円軌道を仮定して軌道を求め、観測結果を説明することに成功した。求められた軌道長半径は18.93 AUで、新天体は土星のはるか遠方の、それまで思われていたよりもずっと巨大な天体であることがわかった。これ以後、新天体は惑星と見なされるようになった。

 ハーシェルは新惑星をイギリス国王ジョージ3世にちなみ、ゲオルギウム・シドゥス(Georgium Sidus、ラテン語で「ジョージ星」という意味)と名付けた(のちに、sidusは恒星であって惑星ではないという指摘を受け、ジョージアン・プラネット (Georgian Planet) に改名)。しかし、イギリス以外では普及しなかった。1784年にジェローム・ラランドが提案した “ハーシェル” は、フランスの天文学者の間に広まった。その後も多くの名前が提案されたが、最終的に、ヨハン・ボーデが提案したウラヌス (Uranus) が広まった。1827年までにはイギリスでもこの名が最も一般的になり、全ての天文台がウラヌスに切り替えたのは1850年だった。なお、中国で生まれた「天王星」という訳語が、日本・韓国・ベトナムにも広まった。

 天王星に接近した宇宙探査機は1977年8月20日に打ち上げられたアメリカ航空宇宙局のボイジャー2号ただ一機である。ボイジャー2号は1986年1月24日に天王星に最接近し、天王星のほか、環や衛星を撮影した。

 って休みだったので、雪かきで軽く喘息になったのをなだめつつ、カビカビだったEF 75-300mm F4.0-5.6の清掃に挑戦してみた。今まで、前玉の脱着さえできなくて、放置してあったのだが、今日は仕組みがどういうわけかよく読めて、とりあえず前玉を外して清掃することができた。けっこう満足である。が、よく見ると5群の6枚目あたりにもカビがあって、これは後玉方向からはずさなきゃならん。マウントを外して、基盤外して、線取って、爪外して、と多少なりとも接近はしたが、取れそうもないパーツに出会って諦めた。それ以上やると、壊すの間違いなし。
 
 スマホでwikiを読んでると、そのうち眠れる。ここ最近はずーっと太陽系の記事を読んでいる。別にロシアに隕石が落ちたからではなく、その前からで、惑星はもちろん、細かい衛星の記事とかもいちいち読んでいる。太陽系の惑星には170個以上の衛星がある。飽きないのだ。

 たどり着けないEF 75-300mmの5群表面に繁殖したカビがですね、天王星そっくりだったので撮ってみた、というハナシなだけなんですけど。
by plaster_er | 2013-02-20 23:33 | 静かな日々 |