つる草が壁一面にはびこっている

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だいたいにおいて函館のシャシンです。
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■ 花マクロに「答え」はあるか
2009年 05月 01日 |
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なんだこの荷役用モビルアーマーのような花は。
温室には「アガパンサス」との標示があったが、紫君子欄と言われることも多いとのこと。
ただ、ほんとうは君子欄とは別の種で、ネギ科アガパンサス属の植物だということだ。根付きが良いのでグランドカバーにも使われているらしい。今ネットでちょろっと調べたらそう書いてある。
ちなみに、花言葉は「知的な振る舞い」とのことだ。

で、まるでロボットアームをにょきと伸ばしたが如く写ってしまうのジブンのこの撮り方と言うかなんというか。
背景が緑じゃなかったら、多連装ランチャーっぽくも見えてしまう。
(意識下で連想されているのは、ルナ2とかでシャアのムサイに物資を補給する古株補給部隊が使う宙間荷役用機械みたいなもの;)

花に文句をつけているのではない。
・・・花マクロ、やっぱり難しいです。
実は今日ハッと思ったんだけど、ジブンは花マクロに「答え」があると思っているのじゃなかろうか、ということに思い当たった。
[花を撮ってみよう]
[なるべく傷ついていないのを探そう]
[光の状態が良い方を向いているものを探そう]
[どのくらいの大きさで撮るか]
[今のレンズでマナーを守りつつどこまで接近できるか]
[構図はどうする][絞りはどうする][露出はどうする][ボケはどうする]
[撮る体勢は確保できるか]

・・・そうこうして、じわっと画を整えていく。
・・・その上に、何か全てがきちんと合致する=「正解」が出てくる、ということになるんじゃなかろうかと思っているのじゃなかろうかと。

個人で写真を撮ることに「答え」があるのは、はっきり言えば負担である。
答えがあるような気がするから、答えを出せない予感も同時にして、最初から苦手意識があるんじゃなかろうか。

もちろん「答え」を出すためにあれこれし、あれこれすることそれ自体が楽しくもあり、実際に答えが出せた時の喜びや満足というものも当然ある。
これはストイックだ。しかしストイックにもストイックな満足というものがある。
その上で、答えは外側ではなく自分のうちにある、というところまでくればいいのだろうな。





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やっぱり疲れた。
「カッチリ」撮るのか、「イメージ的」に撮るのか、ジブンの中ではっきりしていない。
そしてココが自分で一番イタイところだけど、「撮りに行って撮った」というところが明白だな、と。


こんなの撮ると ↓ 、ジブンとしてはハッとして、ホッとする。
--------------
無機物 
死んだ有機物
生きた有機物
-------------- ・・・って三層になってるのが個人的にはいとおかし、って。誰もそう思わないっていうのも分かってたりして。
何か性質が悪いなジブン。
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この世はあるゆるものがあらゆる局面で存在し、あらゆる人がその人があるようにそれを経験する。
監視カメラの映像は、役に立つことはあるかもしれないけど、つまらない。
人が写真を撮り写真を見るのだからおもしろい。

ま、あれこれやりつつ、ですね。
by plaster_er | 2009-05-01 21:36 | Comments(0) |