つる草が壁一面にはびこっている

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だいたいにおいて函館のシャシンです。
by plaster_er
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2009年 02月 28日 |
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矢野顕子リサイタル2009函館公演
2009.8.17(月)
函館市芸術ホール
!!!!!

by plaster_er | 2009-02-28 22:11 |
2009年 02月 28日 |

それでもなお
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by plaster_er | 2009-02-28 22:01 |
2009年 02月 26日 |

あいのうた
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by plaster_er | 2009-02-26 22:50 | Night Shift |
KANTOU
2009年 02月 25日 |

あちこち(TOKYO方面)


ついでに、あちこち出張なんかにも行っておりました。
あちこち行った割には、あまり撮れなかったのですけど。
それでも、久しぶりにシャシン撮れました。
スライドショーでどうぞ。
2009年 02月 25日 |

沖縄2009


久しぶりにシャシンを撮りました。
スライドショーでどうぞ。
2009年 02月 23日 |

普段ジブンは津軽塗の箸を使っている。
黒地に、あの独特な唐塗の模様が金色や藍色に浮かんだもので、とても美しい箸だ。

もう10年以上は毎日使っている。
にもかかわらず、その模様には少しも剥げがなく、箸先もほとんど欠けていない。
津軽塗りの箸は、見た感じは何かツルツルとし過ぎているような気もするけど、実際はとても使いやすい。
いかにも男性用の大きなもので、食事運びのお手伝いをする小さな娘でも、すぐ「お父さんの箸」と分かるようで、間違いなくきちんと並べてくれる。
非常に高価なものではないはずだけど、結構いいものなんだと思う。a0062697_18423100.jpg

これは、新潟県のどこかの町で難儀していたジブンを泊めてくれた片目の怖い人に、お礼をしたいと思って買ったものだ。
すぐに買う金はなかったので、しばらくしてから買ったものだと思う。しばらくしないと買えないくらいの値段だったということでもある。


それなのに、箸はジブンが今使っている。
結局送らなかったということだ。


箱に入って包装もしてあるまま、数年が過ぎた。
それを見た母か妻に、これは何?と聞かれたこともあったように思う。
ちゃんと説明したのか、やり過ごしたのかは覚えていない。
そして、もうその人の住所も名前も思い出せない。



こういう、ジブンの薄情さというか、もたもたしているところとか。
箸を使うとたまに思い出す。
すこし、ひりっとする。
2009年 02月 19日 |

大館駅に着いたころにはまだ陽があった。
白転車で旅行している、いわゆるチャリダーのひとも何人かおり、駅寝するために寝袋などの装備を持って旅している。

ずっと駅前のベンチにいるうちに、そうしたチャリダーの一人と親しくなった。確か長岡から来たと言っていたような気がする。花火が有名である事、そこにあるなんとかという学校でなんとかという分野を勉強しているということだった。いろいろとあんまり覚えていないけど、理系っぽい響きだった。ずっと白転車で走ってきただけあって、日に焼けていた。

お互いに単身で移動しつづけていたので、妙に会話が弾んだ。
駅に着いたとき、わずかな残金でラスクを買って食べたのが最後の食事だったが、彼は何か食事をおごってやると言う。遠慮した。その代わりパンか何かをくれた。また、当時「バッドマン」という映画をやっていて(「バッドマンリターンズ」だったか?)、オールナイトでそれをやっているので観にいこうと言われたりした。
それも遠慮し、駅前で寝た。何かシートの類いを貸してくれたと思う。缶ビールか何かを1本買ってくれた。そんなわけで、よく寝れた。

翌朝、彼は当然弘前までの電車賃を出してあげると話す。
ただの遠慮という感じに見えたのかもしれないが、やっぱりここまで来たら白分で最後まで到達したいと思った。

彼とは大館で別れ、徒歩で北上した。a0062697_10201144.jpg
暑くてとても喉が渇いた。全体になんとなく上り坂になっている。碇ヶ関で少し休む。昔、津軽藩の関所があったところで、そのレプリカが公園風に整備されていたはずだった。

ただ足を前に出しつづけていると、大鰐に到着した。駅前をぶらついてから弘南鉄道沿いに進む。そこからはなんとなく下りっぽい感じがした。昼過ぎには弘前についた。

… っと、意外に早々とたどり着いてしまった。
最初の夜こそ苦労したが、後は淡々と進むことができた。
到着して安堵したということはもちろんあるけれど、何かもう感情が鈍磨した感じだったように思う。

白宅アパートの近く前まで来ると、さすがに疲れてふらふらと歩いていためか、どうしたのですか!と駆け寄ってくる人がいる。
ああ、この辺で布教しているアノ方たちか。何度か顔を合わせたことのあるwatchtowerな人。
菓子パンを何個かもらった。どうもすみませんありがとうございますどうもすいません。



だからジブンは、今までに一度だけ、
神から施しを受けたことがある ということになるのだろうか。
2009年 02月 17日 |

夜の町。
町と言っても都市のそれではない。日本海側の、今ではよく思い出せないまち。
車ならすぐに通り過ぎ、あっと言う間に暗くなってしまうような。

薄暗い集落の外れに自転車置き場のようなところがある。
そこで生まれて初めて自転車を盗んだ。
すみませんすみません、歩くのは疲れました、なるべくボロい誰も使っていないようなやつにしますんで、と心で言い訳しつつ。
鍵のかかっていない、すごくボロい白転車を盗んで走り出した

窃盗か、占有離脱物横領か。
15年以上前なので時効だけど、どっちにせよ犯罪だ。
だけど、走り出した直後は、正直、爽快感を覚えた。
よくぞニンゲンはこういう便利な乗り物を発明してくれたものだ、なんて。
これでひたすら北上していけばいい。
青春18切符を使うのをもう一日伸ばしてもいいかもしれない。

ところが、200メートルも走らないうちに、チェーンが外れた。
直す。しかしまたすぐ外れる。
直す。外れる。その繰り返し。ああ・・・a0062697_2074218.jpg
構わず強引に走ると、ギアの隙間にチェーンがガッチリと挟まってしまった。
直しにかかるが、ちょうどその場所が悪く、閉店後のガソリンスタンド前で、あくせく修理するジブンの不審な様が、残った照明で丸見え状態になる。
暗い中でスポットライトを当てられ、世界中の人がその暗がりから自分を見ているのではないか。
非常によろしくない。よろしくない。

自転車は結局、ジブンのドキドキ感に負けて、
その場に放置して逃げた。


夏の夜のガソリンスタンドには、蛾ばかりだった。
by plaster_er | 2009-02-17 20:09 | Night Shift |
2009年 02月 16日 |
沖縄のハナシ
もしかしたら以前に書いた話かもしれない。


高校時代の友達が、一浪して琉球大学に入学した。
わざわざ札幌からそんな遠くに行くくらいだから、ちょっと変わってると思われるかもしれない。
けど、人物としてはとてもイイ奴で、ただちょっと 「地理的な趣向」が少し変なだけだ。
もし彼と同じ学校に通っていたら、「地理的」にマニアックな場所を探検したりしただろうなと思う。

当時青森県の弘前という古っちい街にすんでいた。
大学3年か4年の夏に、彼の家に遊びにいくことになった。
ワタシは何か誤解をしていて、沖縄はとても暑いところだから、2時間に一回はシャツを取り替えるに違いないと予想して、持っているTシャツ全てはもちろん、安いTシャツを大量に購入して旅行に備えた。
そんな大量の衣類を入れるカバンの類いはもっていなかったので、山菜リュックに詰めた。当時、根曲がり竹を採って市場に売るというセコイ小遣い稼ぎをしていたので大型のものを持っていたのだ。服だけでパンパンになった。

青森から西鹿児島までは陸路で南下することにした。
青春18切符でひたすら進み、2日か3日あれば鹿児島まで着くはずだ。
鹿児島からは、琉球大の大学生協で貨客船の乗船券を買って送ってもらった。この船だけで24時間以上かかる。

出発当日の夜には、東京に着いた。

夜中に米原までの夜行に乗る。石垣などで乗り継ぎ、昼には京都についた。
ここからすぐに西に進まなくても、結局その日の最高到達地点は全く同じなので、ロッカーに荷物を預けて、市内を見物する事にしていた。
山菜リュックをロッカーに詰め、切符や現金を入れていた巾着だけをもって行こうとしたが、巾着がない。
どこをどう見てもない。
当時も初めてだったし、その後も経験したことがない。ものすごく蒸し暑い京都市内だった。

現金が500円かそこら、当日の18切符と、もう一枚使っていない18切符が残った。
あとは大量のTシャツ。
愕然としながらも、撤退しなきゃならないだろうと思った。
ぐずぐずしていると、当日の18切符が無駄になる。
時刻表を見て、京都から北上し、日本海に出て、なんとか青森まで帰るしかないなと決めた。a0062697_22553886.jpg

湖西線というのに乗ったはずだ。富山を過ぎて金沢についた。駅が奇麗だったことを思い出す。ここでハガキを買って、沖縄の友達に行けなくなったと書いた。変なアパートの名前が断片的に記憶にある程度で、「宜野湾市なんとかアパート」という住所しか書けなかったが、後日無事届いたことを知った。
その日は、ぎりぎり新潟県のどこかの町まで行くことができた。
夜は線路近くの道を歩いた。
薄暗い有人駅があり、近くに交番があった。一瞬そこで身の上を相談しようと思ったけれど、まだ気力体力が消耗していなかったので、引き続き北上することにした。

しばらく歩いて、持ってきた地図上に海水浴マークを見つけ、そこで寝ることにした。
ところが、行けども行けども見つからない。強引にどんどん海に向かって進むと、照明は明るいが、どうにもうら寂しい道になってしまった。家もない。
なにかふと生き物の気配がして怖気たった。よく見ると、道路を大量の巨大ガエルが横断しているのだった。
そのくっちゃらぺっちゃら音やら気味悪さやら現状の心細さやらまがまがしい夜の雰囲気やらなにやらが一気に爆発して、堪らずにうわぁぁぁ:!:!っと叫んで走りだした。

更に、走るのを止めようかとした時、
突然「○△☆口!」と何か怒号混じりの人達が自分を追いかけてきた。笛まで鳴らしてる。棒みたいのも持っている。もう何が何だか分からない。
走って逃げた。怖さでただ胸が一杯だった。
(柏崎原発に入り込んだか何かしていたらしい)


どこか無人駅で眠りたいのだけど、もうどこにジプンがいるのか分からない。線路の方向が分からない。

道沿いに、コンビニのような店を見つける。真夜中で、そこだけ光り輝いている。
トラックの他に、数少ない地元の遊び場みたいな場所でもあるらしく こんな時間でもぼつぼつと車もやってくる。今で言うトラックステーションみたいなものだと思う。大きな駐車場に長距離トラックが何台も停まっている。店と言っても商品が置かれているのではなく、中には飲料やおかし、インスタントラーメンの自販機がいっぱいあり、あとはゲーム機がたくさん置かれている。
店の中は、独特の雰囲気だった。せめて隅っこで休めないかと期待するも、できそうもない。
駐車場のトラックで、起きている人にどこに行くか聞き回ったけれど、うさんくさそうに相手にもしてくれない。

店に入ったり、外に出たりしているうちに、勇気を出して怖そうな男性に、帰宅する際に道が合えば、手近な駅に連れて行ってくれないだろうかと頼んでみた。
この人は、怖い。固太りした大男で、髪の毛が金色で、刈り込んだように短いのだけど、なんだかちょろっと一部分だけ長かったり、微妙に立体になってたり、編んであったりと、非常に凝っている。当時「金髪」なんかは、とても珍しく、怖く感じられるものだったのだ。
で、隻眼。小さい頃の怪我か、もともとか、傷痕のようなものが眼窩の上にあり、ちらりと白眼がのぞく。すごい怖い。けど優しくて気のよさそうな人なんて全然おらず、どうせならこの人に聞いてみようと思ったのだ。

一言「待ってれ」と言われた。
その後は、ただ待ってた。その人は知り合いみたいな人としゃべったり、ゲームしたり、また知り合いみたいなひとが店に来てしゃべったり、いろいろやっている。ずっと店内でその人を目で追うのもなんなので、駐車場で待っていた。
照明を見ると、霧がかかっているようだった。

空が少し青みがかってきたころ、やっとその人は出てきた。「行くぞ」とその人のハイエースに乗った。
うねっとした道を走る。民家の石垣がすぐ車の横にあるような狭い道だった。

車内では、その人は最近東京から故郷に戻ってきたこと、東京では美容師をやっていたことを話した。
ワタシは、難儀していることを話した。
「来い」と、その人の家に行った。ごそごそっと台所に行き、「食え」と食事を出してくれた。ご飯と、トマトの切ったのと、何故か甘エビの刺身。
「大学3年くらいか」「はい」「そうかそうだと思った」「はい」「何やってる」
「動物の行動を実験とかしたり」「そうかそうか。寝ろ」「はい」。
居間の隅で寝た。

翌朝、小学生っぽい子供さんが出て行くのを感じた。また寝てしまった。
起きた後、奥さんが近くの駅まで車で送ってくれた。表札と近くの住居表示の板を記憶した。

この日は最後の18切符を使って最大に北上した。鈍行なので家までは全然たどり着かない。
乗り換えの時間が異常に長く感じられる。
酒田の街のひと気のなさと、入れはできなかったけど土門拳記念館があること(当時仏像FUNだった)、遊佐の海岸なんかが記憶にある。
秋田の能代に着いてその日は終わった。
もう汽車には乗れないが、青森はもう隣県だ。なんとかなりそうな気がする。
さらに北上し、白神山地を横断する西目屋林道を通って弘前に戻るか、素直に線路沿いに大館経由で行くか。
林道は怖いし悪い事件の思い出があったので、大館を目指すことにした。
汽車の中で寝過ぎて、全然眠くない。
夜のうちに少し歩き、なんとかという駅で寝た。
能代から大館までは、歩きつめてタ方に大館駅についた。
一度軽トラックに少し乗せてもらったが、ヒッチハイクというのはテレビで見るようには停まってくれるものではないことがつくづく分かった。


暑かった。
2009年 02月 16日 |
てろてろ
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by plaster_er | 2009-02-16 21:53 |